ビートたけしの「フライデー襲撃事件」の真実、まるでアウトレイジ。

2020年8月30日

『ビートたけし』の代名詞といえば、お笑い、映画監督とならんで「フライデー襲撃事件」があげられる。

では「フライデー襲撃事件」とは一体どんな事件なのか?

『ビートたけし』出演の大ヒット映画「アウトレイジ」を彷彿させる事件の真相を探ってみました。


ビートたけしの「フライデー襲撃事件」とは?

今から34年前の1986年(昭和61年)12月9日午前3時過ぎ、

「ビートたけし」は弟子集団であるたけし軍団の一部メンバー11人を引き連れ講談社にあるフライデー編集部を襲撃。

「ぶっ潰してやるよ、この野郎!!」と叫びながらフライデー編集長や編集部員らを

拳や傘で殴打したり蹴りを入れるなどして、肋骨骨折などで1ヶ月から1週間の傷害を負わせた事件。

その後、「ビートたけし」と襲撃に参加した「たけし軍団」は住居侵入・器物損壊・暴行の容疑で逮捕された。


ビートたけしの「フライデー襲撃事件」の真実とは。

「ビートたけし」は当時、幼かった我が子を「フライデー」に盗撮され掲載されたため、

講談社に抗議するも講談社側は完全無視。

そんな日頃から「フライデー」に対する恨みや敵対心があった「ビートたけし」。

「フライデー襲撃事件」の真実はこうだ・・・

「ビートたけし」(当時39歳)が交際していたといわれる女性(当時21歳)が通う学校を

フライデーの契約記者が「ビートたけし」との関係について突撃取材した。

記者が素性を明かさない事から女性は取材を断り立ち去ろうとしたが、しつこい記者はそれを許さず、

女性の前に立ちふさがり、最終的に女性に暴力を奮い、女性に全治2週間の怪我を負わせた。

激怒した被害者女性はすぐさま「ビートたけし」に連絡。

この事実に大激怒し「ビートたけし」は酔っていた勢いもあり「フライデー」に電話をするもあしらわれた為、

電話口で「今から行ってやるからな」と告げると「たけし軍団」を率いて講談社へ向かった。


ビートたけしの「フライデー襲撃事件」の真実、まるでアウトレイジ まとめ

当初、「ビートたけし」は「フライデー」と話し合うつもりでの突撃だったが、

フライデー社員の意図的な挑発に乗せられ、一気に暴力沙汰に発展。

まるで後の「アウトレイジ」を彷彿せる、芸能界の歴史に残る大事件となった。

この事件は1988年に当時のフライデー編集部と和解している。

当時はマスコミが権力を掌握していた時代、捏造報道なんて日常茶飯事の時代。

現在のマスコミの信用度が落ちたのも、このリアルアウトレイジ、「フライデー襲撃事件」が

引き金になっていた事実も否めません。

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